h-man1987’s blog

商社勤務から地元に戻り、夢を叶える人間のブログ。

おかしいと感じることは多分、本当におかしい

毎日スタバに来る。スタバカードを使用しているので多分、スタバの毎日来店客リストに載っている。今日は昨日ふと感じた事を書き留めておく。

 

昨日、物置になっている部屋に入った所、1枚の写真が出てきた。

 

亡くなった祖父が多分、3歳くらいの私を膝の上にのせて、僕を超笑顔で見つめている、という写真。祖父は15年前に亡くなっている。

 

幼少期の記憶は少なく、その写真に写る祖父の僕を見る笑顔は最高に愛に溢れた表情であんな表情は見た事ない。すごく新鮮に見えた。

 

その表情からは「なりたいようになって、自分の生きたい人生を送って欲しい」という気持ちが汲み取れた。(違ってたらごめんね、じいちゃん)

でも自分に孫ができたらそんな気持ちになると思う。イキイキと人生を送って欲しいと思うはずだ。自分の人生が一段落してこれからを生きる子供を見たら、本人の夢を応援すると思う。例えそれが収入が低かったり、社会的なステータスが低くても、「おーおー、頑張れよ」って本人の意思を100%尊重して思うはずだ。多分、親とかだとまた違うんだろうけど。親は親で親心から「良い会社入ってたくさん給料もらえよ」なんて言うんだと思う。それはそれで良い。

 

ここからが今日のテーマ。

 

大人になってからこんな事したいとか、こんなふうになりたいというのは言えない雰囲気になってくる。これは①「大人」がすぐに否定する環境を作っているという事と②自分はこの程度の人間だと思っているからだと思う。

 

①「大人」がすぐに否定する環境を作っている

そういう事を言う大人は自分の夢を見つけられず、見つけていたとしても叶えられなかった人だと思う。そういう事を言う人が悪いというわけではなくて、自分の経験で心の底からそう思っているんだと思う。それを良心から人に対して発しているんだと思う。そういう人の周りで働いたり、長時間一緒に過ごしているとそれにがっつり染まってしまうと思う。ある意味、自然な事だと思う。

 

逆に自分の夢に向かっている「大人」は「それいいじゃないか!こうしたらもっと良いんじゃないか!?頑張れよ!」と応援してくれる。

 

たまに後輩から相談を受けるが、さんざん後輩の話を聞いて勝手に後輩が話しながら自分の思考を整理して、私は「頑張れよ」と言って食事を奢って終わり。この前は私は飲まずに後輩はガンガン飲んで、高額支払い。完全に空気を読めていないが、私も昔先輩にそう奢ってもらったから、その奢ってもらった分を後輩に返しているだけなのでまぁ良い。

 

②自分はこの程度の人間だと思っている

約30年生きてくると自分の中で自分の生存領域が何となく決まってくる。中学校までは全ての成績でほぼ5で、高校の実力テストで数学が校内ビリを取って俺は数学はダメだと私立の大学へ進んだ。

約3万人のエントリーから16名入社の企業に入って俺は最高だ!と思って、ベンチャーに入って叱られた時に俺はダメだと思ったり…そんな事で自分の価値は決まらない。自分の価値は自分で決めれば良いのだが、勝手に低く決めてしまってはもったいないと思う。

 

世の中、おかしい事が実は多いと思うのだが、その世の中に対して身をもって証明していく生き方をしたいと自分は思う。

 

目の前で高校生が私が落ちた早稲田大学の赤本を勉強している。

頑張れよ、青年!君ならできる!