エイチマンのブログ

トライアンドエラーそしてサクセス

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会社を退職して1週間が経過した。

大学を卒業してから働かない時間を持つのは初めてだ。

働いていた時よりも格段に早く起きれるようになったから不思議だ。

 

早起きをしてランニングをするのが習慣だが、その時間は不思議な時間だ。

朝は脳みそがリセットされているので「本来の自分」に戻れる瞬間がある。

心が躍るというか、わくわくする瞬間だ。

こういうことを人生で叶えたいなとかが頭に勝手に浮かんでくる。

大学生の頃に初めて海外に行った時のような高揚感がある。

 

これまでの私にはその時々で「夢」のようなものがあった。

小学生の頃には弁護士になりたい

中学校の頃には消防士になりたい

高校生の頃には外交官になりたい

大学生の頃には社長になりたい

 

そして今は30歳になる。この10年社会について学んできたつもりだ。

やりたいことを思いっきりやっている人間に多くの人が巻き込まれているというのが社会だと感じる面がある。(特にB型の私はそう感じる)

巻き込まれる人が決して悪いわけではなく、そういう人たちがいるから成り立っている。

ただそういう人達にも実はやりたいことがあるのに我慢しているというのは人生もったいないと思うし、哀しいことだと思う。

 

上記の夢はそのときどきの少ない経験の中でいいなと思う職業であり、自分が感じるその職業の魅力の要素が自分の最終的になりたい姿に繋がっていると思う。

 

ある意味、二度目の学生期間を頂いている自分としてはこういう時間は人生で必要かもしれない。

まだ日本には転職は悪だ的な要素があると思うが、5年とか10年の区切りでキャリアを築きながら無駄遣いせずにお金を貯めて、半年とか1年また自分のしたい勉強に充てるというのは悪い選択ではないと思う。

 

何となく働いてたら定年を迎えてました、では辛すぎる。

特に若い自分はもう帰ってこない。

歳を重ねると良い意味でも悪い意味でも現実的になる。

思考が凝り固まってきて、超現実的な人間になってしまう。

勝手に自分の世界を作ってしまう。不可能なことなんてない。

 

点いたばかりの線香花火のように若い時はパチパチ燃えよう。

まずは圧倒的に自分が幸せになること

20代の私は擦り切れるほど自分が尽くすことが良いと考えてきました。

朝早くから夜遅くまで一生懸命働いていることこそ、尊いことであり評価されるべきことだと思っていました。

でもたまにものすごく疲れる時があったんです。

エネルギーが枯渇して動くパワーが湧いてこない。

タバコと暴食にするにつれ、お腹周りに浮き輪が付き始めていました。

 

あるセミナーを受けて最初全くピンとこなかったのですが、「自己愛」という言葉に出会いました。

「自己愛」って意味、分かりますか?私は何のこっちゃでした。

 

ちょっと宗教っぽくなっちゃうんですが、他人を愛するように自分を愛することです。

奥さんを愛するというのはイメージしやすいと思うのですが、その前に一人の人間である自分を他人を愛するように愛することです。

 

20代の私は全く自分を愛せていなかったです。

言い換えると自分を大事にしていなかったです。

 

自分が不幸せだと他人を幸せにしようなんて正直、思えないです。

自分が不健康なのに他人の健康を応援したいなんて思えないです。

 

なので行き過ぎてはいけませんが、自分を最低限満足させてあげることが必要です。

それは自分が行きたいところに行くだとか、自分が着たい服を着せてあげるだとか、上質な教育を受けさせてあげるだとか。

 

莫大なお金がかかるわけでもないですし、まず自分が自分を幸せにしてあげることが最初だと思うんです。なのでまず圧倒的に自分が幸せであれ!

 

自分を犠牲にする事は近いようで他人を幸せにすることから離れていることのように思えます。

 

トルコリラがぐんぐん上がって嬉しい今日この頃。

今日は七夕。

「勉強ができる」のも立派な長所

私の勉強暦を簡単にご紹介。

私は地方に生まれて、生まれた地区の小学校・中学校に通い、

高校受験で県内で1番の進学校に入ることができた。(両親のおかげ)

中学校の最高成績は学年で2番!(今思うとすごい笑・両親のおかげ)

高校では全く勉強せずに数学の試験では学年最下位をとり、化学の再試を4回受けるという理系全くダメダメ人間だった。

理系科目が全く出来なかった為、文系科目に絞り、いわゆる私大文系に進む事に。

早稲田・慶応を記念受験し、その下の中堅私大に入った。

大学でもアカデミックな勉強はせずに4年間働いていた。

そしてギリギリ留年を免れて卒業した。

 

こうやって振り返ると私は「中途半端に勉強ができる」と自分で思っていた。

ベンチャーの社長に憧れをもっていた私は学歴なんて関係ない。

実業でどれだけ結果を出せるかが男の価値を決めるんだ!

と思っていた。

実際に中小零細企業の社長さんと交流を深める中でカッコいいなぁとも思った。

 

自分は何ができるんだろう…としばらく悩んでいた。

ベンチャーの社長のような大きいこともできないし、うーん…と思っていた。

 

今は会社を辞めて勉強をしているが、それを話すとみんなえらく関心してくれる。

この歳で勉強なんてできないよ、すごいね。頑張ってね。

私は勉強できなかったからこの仕事をやってるだ。

などなど、自分では勉強ができないと考えていたが自然と今の勉強はできるので世の中的には私は「勉強ができる」ようだ。

 

確かに勉強が出来ない人は弁護士や会計士、医者にはなれない。

(語弊あったらすいません)

勉強ができるというのもある意味、立派な長所なわけだ。

 

「勉強ができる人=頭でっかちで実行力がない人」

 

という固定観念に私は縛られていた。

自分の天賦の才能を生かしきった人生を送りたいと思った。

だから長所だと思うところはどんどん伸ばした方が良い^^

皆さんも自分が人よりちょっと優れていると思っている事は多分、伸ばせばすごく役に立つと思いますよ。

ほとんどの願いは叶えられる

皆さん自分の願いってお持ちでしょうか。

僕はぼんやりですが、20代を通して持てるようになってきました。

20代前半から後半は自分が何者なのか、何がしたいのか全くわかりませんでした。

でもこれは違う、これは価値観に合う、何で合うんだろうとかやりながら考えていくうちにキーワードみたいなものが集まってきて…それは改めて書こう笑

 

願いにも大きいものから小さいもの、マイナスのものからプラスのものまでいろいろ。

例えば美味しいものが食べたいとか、少し痩せたいとか、女性とふんふんしたいとか、禿げたくないとか僕に限らず、いろいろあると思います。

 

でも最近感じたのは上記のようなものって願いじゃない。

雑念に近いような気がします。

 

神社にいって神様にお願いをする時ってしょうもないこと言わないですよね笑

何かバチがあたりそうな気がして。。。

 

家族の健康とかを願うことは素晴らしいことでそれはそれで置いといて、自分ごとでお願いする事。しかも何回も繰り返しお願いしたいことが本当の願いだと思います。

 

でもそれって自分の中で整理がついてないと出てこないし、繰り返し頭の中で反芻するから言えることなような気もする。

 

正直、その願いって叶えたいですよね。誰かに言われた目標でもないし、自分だけの中から生まれた願いだから。現時点の人生を賭けて実現したいと思うんです。

 

おそらく人生で叶う願いってこれだと思うんです。

誰に何を言われようとも叶えたい現実。

それストレートに最短距離で叶えちゃえばいいと思うんです。

 

そこでお金がとか家族がとか脳みそが考え始めちゃうから行動できない。

あまり考えずに「自分の願いは自分の力で叶える」と行動した人が良い思いできるんではないかな。

話をややこしくしているのは常に自分だと思います。本当はもっとシンプル。

「いや、そんなことはない」と思ったあなたはもう頭で考えちゃってる人です笑

感動・衝動で行くのが正しいかもですね。

自分の機嫌は自分でとる

私は自分が弱いという事を知っている。(かっこよく聞こえるが多分みんなそうです)

勉強も30分も集中ができないという状態だった。

 

ここで自分を責めてはいけない。

「全然だめだなぁ、俺」「この先大丈夫かなぁ」と考えてはならない。

 

イッテQでみやぞんが「自分の機嫌は自分でとる」みたいなことを言っていたが、まさにそれである。

 

勉強に集中ができない自分がとった方法は30分を1セットとしてそのセット数を毎日増やしていくという方法をとった。

今までは毎日勉強が習慣としてできなかった。勉強しない日もあった。

ただ最近はその方法をとって気が乗らないときはまずは30分やってみる。

30分やってからだと気分が少し乗るので自分を褒めてあげる。

そして少し息抜きにFXで10分ほど遊んでまた30分。すると更に勢いが付いてきて30分…この積み重ねで今は勉強ができている。

 

例えば今日1日4時間(30分×8セット)できたら明日は4時間30分(9セット)にする。ここでいきなり8セット→10セットとしてはいけない。ほんとにちょっとだけ上で良いのだ。これを毎日繰り返せばすごい所までいける。誰とも比較してはならない。

 

自分に「偉いね、すごいね、やればできるね」とプラスの言葉をかけるのも幼稚にみえるかもしれないが、誰にも迷惑をかける話でもない自分の中の話なのでそれで成果が出るならやった方が良い。

 

今日も頑張って生きましょう!人生を感じろ。

あなたは何の「プロ」か。

日本代表良い試合でした。頑張る姿は感動しますね。

私はトライアスロンをやっているが、タイムよりは完走という事に価値を置いている。

より早いタイムを出したいとは思うが、プロ選手に追いつけ追い越せという気は全くない。健康体力・自信作りと人間関係構築を目的にやっている。

何故なら私はトライアスロンの「プロ」ではないからだ。

 

プロという言葉はとても曖昧な感じで使われるが、生計を立てていたり専門にしているという意味がある。語源は公言するという所らしい。

 

皆さんは「私は○○のプロです」と胸を張っていえることはあるだろうか。

多くの人はサラリーマンであれ、お金をもらっているのである意味、その会社のその業務については「プロ」なはずだ。皆さんの周りには「プロ」はいるだろうか。

 

私の周りに「プロ」と呼べるような人はいないし、残念ながら私も「プロ」ではないと思う。プロフェッショナルって相当なレベルのことを指すような感じがします。

 

これも偏見かもしれませんが、特に男性は現代において仕事で自己実現しなければつまらないと思うんです。(私が思うだけですよ)

 

プライベートや趣味で自己実現するのも決して悪いことではないんですが、私が思うに私が仕事よりもトライアスロンの方が楽しいからそっちを頑張る!!というのは何となく違うと思っています。

 

自分はこの業界、この分野に置いてはプロです!と言えるようになる。どんな軸であってもそれに向き合う人生というのが私は良いなと思います。

毎日自分に自信をつける

人の行動力・実行力のベースにあるものは自信だ。

「俺ならきっと大丈夫」「絶対に成功する!」

そう思えたら何回失敗しようと行動を止めない限り、成功すると思う。

エジソン状態だ。電気を発明するより難しいことは私達の身の周りの生活ではほぼない。

 

自信を作る秘訣は「自分が決めたことを一日の中でやること」だと思う。

それは些細なことで良いと思う。

銀行に行くとか本を読むとか小さなことから始めればよいと思う。

 

大事なのは意図的にその小さな「達成」状態を作り出すことだ。

達成したか分かるように毎日手帳にやることリストを作成し、それができたらチェックを入れる。

「よし、できた」という小さな積み重ねが自信を形成する。

私の最近の自信は週2回水泳の練習に通ってトライアスロンを完走できたこと。

自分を認めてあげられるようになると人は積極的・肯定的になっていく。

だから行動をしていない時はぼーっと他事を考えてしまい、エネルギーは身体の中に溜まり、結果が出ない。悪循環に陥ってしまうのだ。

 

ただ行動を続けていれば、状況が進捗するので時間はかかっても必ず成功する。

余分なことは考えずにどんどん実行・行動しよう!

今後の優秀な人材の働き方について

日本人の多くは毎月給料がもらえるのが「当たり前」になっている人が多い。

最近、私は会社を辞めた。自分の人生が戻ってきたような感覚がする。

アメリカは転職の回数は多い。それはいろんな理由はあるだろうが、キャリアアップの為に転職しているということがある。

日本は終身雇用制や年功序列型が未だベースに流れている。

 

最近、思うのだが余程素晴らしい会社で無い限り、そこに留まるという選択をする人間は成長していないか、思考停止しているか、洗脳されているんじゃないかと思う。

(私の偏見がだいぶ入っていて大変申し訳ない…)

 

会社の成長と個人の成長は競争だ。

1社を立派に勤め上げた!というのは何だか日本人的で立派に聞こえるが本当にそうだろうか。人事のコンサルの友人に話を聞くと日本の労働環境は全く実態に追いついていないらしい。

会社も変化しなければいけないと思う。柔軟な思考で経営をするのが求められていると思う。

ITの進歩のおかげで仕事はどんどん個人でやりやすい時代になっている。

優秀な人間はフリーランスになって時間的制限のない中で高い成果を出すと思う。

 

だから今後はどんどん独立しやすくなっていくし、仕事ができる優秀な人間はどんどん収入を上げていけるんじゃないかな。

 

年間休日100何日で1日の労働時間は8時間。

これを守る意味が私には全く分からない。。。

泥船に乗るのも降りるのもあなたの選択・責任だと思う。

 

もっとこれからはプロジェクト的に仕事がなるはずだ。

「意識」を奪われてはいけない

人間の行動は意識するところから始まる。

目的目標があり、毎日それを意識し続ければ結果は出る。

 

ただ持っていたとしても無意識のうちに意図の無い行動をとると目標からは遠ざかる。

人間の意識は見境なく反応的だ。

 

ほぼ無意識のうちにスマホに手を伸ばす人、テレビをぼーっと眺める人、携帯がなったらとる人、人に誘われたら行ってしまう人、買わなくても良いものを買ってしまう人、何となく聴く音楽、何となく朝起きる時間、今着ている服

 

上記のような行動は何から始まっているかという無意識(気が向くこと)から始まっている。

CMやyoutubeで一瞬流れる広告、好きなアスリートが着ているものとか、テレビでやっていたやつ、インスタ、フェイスブック、書籍。

広告は全て人々の意識を奪うことを目的としている部分があると思う。

それらを作っている側にお金が流れるように作られているのだ。

 

だから自分の意識は自分が意図して使わないといけない。

意図のある生活は意図のある人生を作っていく。

 

なので私も無意識のスタバを止めて、コーヒーミルを買って自分で淹れることにした。

毎日ちょっとずつ変わろう。

過去を話す人・未来を話す人

過去の話を楽しげに度々話す人がいる。

たまに懐かしんでというのならOKだと思うのだが、いつの話してるんだという人がいる。

あたかもその人の人生がそこから止まってしまい、自分の「青春時代」が最も美しいというような人だ。

社会人になってから新しい事に挑戦しなくなり、成長が止まり、満足した状態。

 

しかし、イキイキと人生を楽しんでいる人は違う。

常に前を向き、今はこれに取り組んでいて必ず達成するんだ!という挑戦している人だ。

 

その人は必ずその未来を作り出す。

そしてその未来からまた次の新しい未来を作っていくのだ。

未来を知る人はその未来を作り出す人自身なのだ。

 

どんどんやりましょう。決めればやり方は降ってきます。

諦めずに原因を作り続ける

人は普段、自分の観念の中で生きています。

観念の意味を調べると…

かん ねん くわん- [1] 【観念】

( 名 ) スル
物事について抱く考え意識。 「彼とは義務の-が違っている」 「経済-に欠ける」 「時間の-がない」 「固定-」
あきらめること。覚悟すること。 「もうだめだと-した」
 
私が今回書きたいのは①です。
(普段使わないけど、②の意味があるのも面白いですね)
 
地球や宇宙自体には観念という概念がありません。
あるのは人間の意識の中だけです。
 
皆さんも分かるように観念というのはすごい影響力があります。
ある意味、思考の限界と言い換えても良いような気がします。
普段の生活は観念が自分を「管理・支配している」ような状態です。
自分は年収1億円にはなり得ないと心の底から本当に思っているわけです。
そう思う人にはその方法は思い浮かびません。
 
観念の外に出ると人間はすごく不安な気持ちになります。
例えば好きな人に告白してどうなるか分からない時や夢を追いかけて退職して期待と不安が入り混じる時とか。ただ観念の外に出て行動を続けると人間は成長し、「変わる」ことができます。
 
また自分が思っていること以外の想像を超えた出来事が起きると人間は驚きます。
それは「観念が現実に追いついていない状況」といえると思います。
 
だから観念から自由になって自分の目指すものの為に日々努力をしていったら良いと思うんです。
うまくいかなくても毎日続けていれば前進しているわけです。いつかできるようになるわけです。
 
観念の外にある出来事に向かって原因を作っている状態を諦めずにキープすべきです。

成功のための知識・遅れの法則とは?成功の引き寄せは目前!

他人様のページで恐縮ですが、まさに遅れの法則なわけです。

なのでどんな良いこと悪いことが起こったとしてもそれは成功に向かう道中なわけです。

 

なので皆さん「安心してやることやってください。」

今週末はトライアスロンデビュー戦!

自己啓発ネタではありません。

今週末はトライアスロンデビュー戦です。

スイムが苦手だったので集中的に取り組みました。

そのおかげで身体も少しスリムになりました。

体型が整ってくると自信にもなります。

頑張ってまいります!

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とにかく決めていくことの重要性

慎重に決めることは重要だが、優柔不断はいけない。

決めていないことは度々、何かの折にふっと頭に出てくる。

そして同じ事でひたすら思い悩んでしまう。

 

ただ一旦、決めて行動してしまえばその次のことに意識を向けることができる。

何も決めないと身のまわりの状況が変わらない。

 

何かにつけて言い訳をする人はごまんといる。

人間はしなくても良い理由を見つける天才だ。

お金が無い、時間が無い、家族が…。

 

決めるということは決断とも言う。

決めていない人は集中力がない。

 

決めている人はもうそれを実現させるしか道が無いから、無駄なことを考えずにひたすら「行動」することを考える。思い悩んでいる時間すらもったいないのだ。

 

決めて、実現するまでとにかくやる。それが成功する唯一の道だ。

人生は2,500kcalの使い方で決まる

(頭の中で思いついた内容なので興味のある方だけご覧下さい)

昔、中学校の科学の時間に「エネルギー保存の法則」を学んだ。

私も詳しく覚えていないが、突っ込んだエネルギーはどんな形になってとしても総量は一定みたいな趣旨だったと思う。

 

それを人間に置き換えるとどうなるか。

 

私達は食事をしないと生きていけない。(下記の通りらしい)

人間は、何日間くらいご飯を食べないと餓死するんですか??ま... - Yahoo!知恵袋

でも食べないと生きていけないのは事実のようです。

食事をするのは毎日のことなので人生でも同じことが考えられると思います。

 

私達は2,500kcal分行動ができるわけだ。

言葉を発したり、文章を書いたり、学んだり、お金を稼いだりする。

何もしずにyoutubeを一日中見続けることも選択できる。

その2,500kcal分の行動の使い方は本人の選択だ。

 

ある人はお母さんとして2,500kcalを使い、ある人はオリンピック選手になる為に2,500kcalを使う。この使い方を決めているのは脳みそだ。これは疑いようがないと思う。

 

指で意思決定している人間はいないし、お腹で意思決定している人間はいない。

脳みそが2,500kcalの使い方の指令センターになっているわけだ。

私達の脳みそはまだまだ有効活用されていないらしい。

よく言う「人間の脳は10%しか使われていない」これって本当? - まぐまぐニュース!

上記の記事がホントかウソかは分からないが、私自身はもっといろんなことができると思うし、誰でも10ヶ国語くらいなら能力的にできるようにはなると思う。

 

ただ私達自身がうまく脳を使いこなせていないのは事実だと思う。

だから目標設定が大事だと思う。2,500kcalを目標に注いでいくのが大事。

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少し話は変わるが、「気」がつく言葉はたくさんある。

元気、短気、病気、のん気、邪気、無邪気、本気、弱気、強気、侠気、気質、気功、気候、狂気、人気、不人気、天気、景気、外気、大気、気概、気持ち、気、気性、気象、陽気、陰気、気付き、勇気、覇気

目に見えないが確かに気というものは存在していると思う。

上の話と繋げると2,500kcalの使われ方が気の流れなんじゃないかと思う。

2,500kcalを体内に取り込む→脳みそで行動を選択する(意識・無意識)→エネルギーを身体にまわす(気)→日常生活に反映される

何となくここまでは分かっていただけるんじゃないかと思う。

気の流れというのは非常に重要だと感じた。

気がスムーズに流れないと人生うまくいかないと思う。

 

毎日テレビをだらだら見ている間はおそらくエネルギーが体内に滞留している状態。動かないから身体に脂肪(エネルギーの塊)が付く。精神面でも鬱病になる人は問題を解決できないからかもしれないが、エネルギーを外に放出できずに身体にためて気分が悪くなっていく。生活も不規則になり、暗いイメージだ。

 

逆はどうだろうか。

食事をして適度に運動して、テキパキ動いて家事もしっかりできて、毎日目標に向かってエネルギーをストレートに使い続ける。欲しいものが手に入って毎日ご機嫌!いかにも成功者の姿だ。

 

だから気の流れを止めてはいけない。

たまに「思いつき」というものがあるが、あれは多分目標について考えている時に脳みそが自発的に何かをした結果だ(ここはまたうまく説明します)

だから思いついたことは多少、抵抗を感じたとしてもパーンとやってしまうのが良いと思う。

ここからまた話が変わります。

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ありとあらゆる物は人間の意志の反映だと昔ブログで書いたと思う。

ブログの記事が見つけられなくてごめんなさい…

 

これまでの話は全ての人間に当てはまると思う。また動物も(動物は思考→行動がストレートだと思う)、植物も、エネルギー保存の法則は自然界の話だから自然界にもあてはまる。

ということは地球上のエネルギーは一定ということになる。

(ここまで宜しいでしょうか笑)

この手の本が実際に本屋に並んでいるから、少しスピリチュアルっぽいけど、こういう分野は既にある。

 

話が大きくなりすぎてもなんのこっちゃなので私達の日常生活に範囲を狭めてみる。

 

自分の所有物は自分の2,500kcalの気の流れから生まれたものになる。

無意識のものも含まれるのでそんな感じはしないと思うが、そうだと思う。

 

毎日の食事に使われる納豆もどっかの誰かが2,500kcalの中からエネルギーを使って納豆を作ってくれたわけだ。

今、皆さんの銀行口座に含まれている現金も皆さんのエネルギーの塊なわけだ。

変な話だが、1,000万円お金を借りたら1,000万円分のエネルギーを手に入れたことになるわけだ。

 

何が言いたいかというとエネルギーを自分の所で滞留させたり、出し渋ったりしてはいけないということ。エネルギーというのはお金もそうだし、行動の停滞もそう。

 

だからガンガン勉強して能力を高めて、ガンガン元気に行動して働いて、ガンガン金稼いで、ガンガン周りの人を幸せにして、自分も幸せになる

というのが正しいんじゃないかな。

 

だからやりたい「気」の進むことをやったらいいと思う。


Ulfuls - Abaredasu / ウルフルズ - 暴れだす PV

やっと今日のブログ終わり(笑)

人間はいつか必ず死ぬ

昨日は縁あって就活を終えた大学生と食事をした。

彼のお父様は50歳で脳梗塞で突然、数年前に亡くなったそうだ。

 

人の死というものはいつ訪れるか私達にはわからない。

ただ必ずいつか死ぬ。これは明日の天気が晴れかどうかよりも明らかなことだ。

 

しかし、私達は死の存在を日常で意識することはあまりない。

何故かは良く分からないが、惜しいことでもある。

死んだらポク・ポク・ポク・チーンとやってオーブンに入れられておしまいだ。

意外とあっけなく人の一生は終わってしまうと思う。

 

いつその瞬間が訪れるかは分からない。

ただ一つ私が思うのが、その瞬間に自分の人生はこれで良かったと思えるかどうかだと思う。

志半ばで亡くなるのは仕方が無いが、その挑戦の途中で無くなるなら後悔はないと思う。

「最後まで完遂できなかったけど、自分は夢に向かってここまでは歩いてこれた」

未練はあるけど、後悔はない。仕方が無い。良くやった。

 

逆にやりたいことをやれていない人はその瞬間にどう感じるだろうか。

「何でやりたいことをストレートにやらなかったんだろう、誰の目を気にして生きてきたんだろう。俺の人生は誰のための人生だったんだろう。」

 

あなたが気にしていた人はあなたが死ぬ瞬間には既に天国にいるかもしれない。

あなたの人生はあなたに責任がある。

 

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