h-man1987’s blog

商社勤務から地元に戻り、夢を叶える人間のブログ。

自分の純粋性を大切にできるか

自分にとって良い人生を送れるかは自分の「純粋性」を大事にできるかにかかっていると思う。「純粋性」とは素のままの自分、周りとは一切関係なく、「これが好き」「こういう事が好き」「これはわくわくする」「誰かに言われなくても勝手に身体が動く」という自分。

私の場合は純粋に英語が好き、人に教えるのが好き、自由が好き、カッコいいのが好き、チャレンジも好き、オリジナルが好き、文字を書くのが好き、お金が好き、学ぶのが好き、知らないことを知りたい、友達が好き、きれいな女性が好き、お金をもらえることが好き

まぁこんな感じだ。誰にも悪い影響を受けずに純粋な自分というのはこんな感じ。多くの人はこういう事を歳を重ねると言えなくなるような気がする。誰もが持っているものなのに。自分も人前でブログで書くことを言えないからここで吐き出していると思う。

皆さん昔は何になりたかったでしょうか。どんな自分を思い描いていましたか。

 

高校の同窓会に参加してきました。いろんな人がいました。東大を出て漫画家になっている人。東大出て官僚になってエッチなアニメをひたすら自宅で観ている人。何となく上場企業のサラリーマンになっている人。

その人が幸せかどうかは自分には正直関係ありませんし、分かりません。心の底から幸せだと思えていたら幸せだと思います。皆さんはどうでしょうか。

 

幸せだと言えるヒントは自分の純粋性にあるのではないかと思います。心の内面以外のことにほとんどの人は影響を受けて自分が本当に送りたい人生から外れていっているのではないでしょうか。世の中を作った人居て、私達はその中で生きているわけです。社会に自分が心の底からしたいことはあるのでしょうか。(スピリチュアル系になってきていてすいません。。。)

サラリーマンは安定した高額バイトという時代になったと私は思っています。

朝早くおきて6時から9時は自分の「純粋性」をより強く、鮮明に、深く、確認する時間としたいと思います。生活していると周りからいろんな情報が入ってきます。そこから自分の純粋性を守るのは本当に難しい。これには工夫が要ると思います。

 

芸術家とは最たるものなような気がします。

雑感

今日は医者の親友と一日を過ごした。病気で亡くなっていく人の話を聞いた。病気でなくとも身体の機能が老化現象として衰えていく人の話も聞いた。医者という仕事は自分のようなビジネスと少し違って人々が困っている身体の事に対して利益という事をある意味、度外視にして貢献していく。非常の尊い仕事だと感じた。医者の中でも高い職業観を持たずに働く人もいるだろうけど、自分には価値のある仕事だと思えた。

自分が身体が今よりも不自由になった時に自分はどう感じるだろうか。あの時もっとこうしておけば良かった、こんな事がやりたかった、もう人生終盤だな…そんな風には思いたくない。自分はこれをやった、よくやったよな、良い職業人生だったな…家族にも恵まれて幸せだったな。そう思えることが大事だと感じた。

自分は何がやりたいのか。自分は人生に何を求めているのか。自分はどうすれば納得したといえる人生を送れるのか。自分の人生には全て自分に責任がある。自分は考え過ぎだろうか。自分が価値を見出すことに時間を人生を使いたい。

自分は日本に生まれて個人商店の長男として生まれた。アメリカでもヨーロッパでもアフリカでもなく、この時代この地に生まれた。自分がもしアメリカ人の大富豪の家に生まれていたら…アフリカの貧困地域に生まれていたら…自分は今と違う選択をし、送りたい人生も全く違っていたと思う。自分の境遇は自分しか該当しない。自分の人生の使命は何か。なかなか言葉にできない。これはここまで考えなくても生きていけるのも事実だと思う。どこまでいっても自分の納得感の問題なのだ。他人がどう思おうが、どんな評価をしようが関係がない。正直言って他人がどんな人生を送ろうと知ったことではない。ただその人の思う最善の人生を送ってもらえれば、それがいいと思うし、その事には力になりたい。

自分のやりたい事と世の中の求めている事と原理原則が交わる事。アスリートが自分の人生を賭けて勝負をする姿が感動を与えるのと同じように、普通の人が自分の夢や目標に向かっていく姿も人々に感動を与え、生きる力を与えることができる。人生を賭ける必要は無いが、人生の一部を賭ける必要はある。大きな変化を遂げたい。その姿を見てもらいたい。力を与えられる人間になりたい。

求めることが複数ある。これは決して悪いことではない。自分が求めることの良い悪いは自分で判断すればよい。他人の意見なんて1mmも関係が無い。

 

そんなもんうるせぇで片付けてしまえばよい。自分の成功を他人に批判されてそれを諦めるなんて自分の人生を他人の人生にサービスしているのと同じかもしれない。それが悪いわけではないが、自分は絶対に嫌だ。自分の成功は価値がある事なのだ。体現してみせよう。経済的な成功を関係付けるのは自分には難しい。ついてこれば良い。

 

またゼロに戻れば良いだけじゃないか。

1番を目指す意義

自分は昔から競争にはあまり興味がありませんでした。順位がついたとしてもたかが順位だしと思ってきました。

ただ最近になって1番を目指すメリットに気付きました。

確かに順位がついたとしてもその人の価値は変わらないです。ただ1番を目指す事には大きな意味があります。それは自分の限界に挑戦できる事です。

人は本当に弱い存在です。一人だとどんどん弱いほうに流れていきます。

これは人間の本質の一つです。1番になろうとすると努力している、練習している人を超えていく必要があります。それは並大抵の努力では叶いません。やはり自分の限界を超えなければならないんです。

競争相手との戦いというよりも自分自身との戦いなわけです。

目標に対して自分を高めていく過程で自己は成長します。

楽ではない選択をしなければ、成長はできない。

何故なら自分を無意識のうちに守ろうという気持ちが働いてしまうから目標を立てて、動かない目標に対して身を捩っていく。

2018年はこれですね。

相場と価値

今日は初めて買った車を中古車買取業者に見積もってもらった。

130万円で買った車が10万円という結果だった。

車検証を見て相場を調べて値段を出すというやり方だった。

自分の車は20年前に作られた車で準クラシックカーみたいなものだった。

不思議だなぁ…と思った。

自分は今でも130万円で軽自動車と今の自分の車が並んでいたら自分の車を選ぶと思う。ただ多くの人は軽自動車を選ぶだろうけど…やはり価格というのは価値を認める人の多さで一般的に決まる。一般的に商売はこの相場をもとに動くのが原則だと思う。

ただ自分のように相場とは関係なく、高値を払う人間もいる。

 

話は飛ぶが起業家というのはこの相場に関係なく、新しい価値を提供し、多くの人を惹きつけ、新しい相場を作る。

 

そんなことを感じた中古車売却の話。

一生懸命やる人間が馬鹿を見る環境は絶対に許せない

良い心を持ち、一生懸命に働く。

そんな人が馬鹿を見るような会社は絶対に許されない。

そして悪い心を持つ人間が人の上に立つ事を許さない。

働く時間は人生の大部分を占めており、その時間に大きな意味がなければそこで働く意味は無い。

人生の無駄使いでしかない。

私の人生には価値がある。

 

今日は怒りのブログ。

もっともっとやれば良かった。

『もっともっとやれば良かった』

 

例えどんな偉い人から反対をもらっても自分のやりたい事を忠実にやれば良かった。

(自分の貴重な時間を奪われてしまった。)

 

欲しいものや体験したいことに借金をしてでもお金を払えばよかった。

(お金は稼げるが、若いときに使ったお金の方が有意義だった。)

 

もっともっと積極的に女性と関わりを持てばよかった。

(結果はどうあれ、思ったことを伝える事が重要だった。)

 

気の進まないことにはしっかりNOと言えば良かった。

(しっかり断れなかった事から生まれた事は何もなかった)

 

もっともっと運動をすれば良かった。

(理想的な体型になっていれば、自信に漲り、人生が変わっていたはずだ。)

 

もっと人生を意図的に過ごすべきだった。あれだけ時間があったのに。

(貴重な時間とお金を無駄使いしてしまった)

 

未知な事にもっと挑戦すべきだった。

(興味のあることに飛びつけば良かった。あの時やっていれば人生は変わっていた)

 

行った事のない国にもっと行くべきだった。

(忙しさを理由に先延ばしにするのではなかった。地球を満喫すれば良かった)

 

良質な睡眠をしっかりとるべきだった。

(睡眠時間を削って良い事はひとつもなかった。より有意義な人生を送る為にしっかりりと睡眠をとるべきだった)

 

自分の気持ちをしっかり相手に伝えるべきだった。

(前進を求めて相手としっかり対立すべきだった)

 

身体に良い物をもっと食べればよかった。

(わけのわからない食べ物はたくさん食べたが、キリが無かった。)

 

もっとお金にメリハリをつけて使うべきだった。

(無駄使いした分を他の事に使っていれば人生はもっと変わっていたはずだ)

 

もっと自分の将来について考える時間をとるべきだった。

(本当に達成したい目標を掲げてそれに向けて努力をすべきだった。その時間こそが自分が生きている時間だった。)

 

アイフォンの電源を切るべきだった。

(無意識に時間を奪う大泥棒のアイフォンの電源をしっかり切っておくべきだった)

 

自分のやりたい事に向かって素直に向かうべきだった。

(自分の人生を狂わせたあの人は死んでしまい、その人の意見に従った自分が自分の人生を無駄なものにした)

 

もっと自分の心の声に従うべきだった。

(何故従わなかったのか、それが最も悔しい)

 

もっと自分の欲しいものを手に入れれば良かった。

(手に入るとすら思っていなかった。どうしたら手に入るかを考えて実行すれば手に入ったのに。)

 

もっと直感を大事にすべきだった。

(ピンときたことをすぐにやるべきだった。)

 

もっと遠慮なくお金を稼ぐべきだった。

(望めば望むだけ手に入ったのに自分は無意識のうちに望まなかった)

 

もっともっと自分を表現すべきだった。

(誰に遠慮していたのか全く分からないが、もっと自分をアピールしていたら人生変わっていたはずだ。)

 

もっと「どうしたら」を考えるべきだった。

(もっと深く考えれば良かった。)

 

 

自分が歳老いた時に感じそうな事を予想して書いてみました。

これを反面教師に生きていきます。

変わる人・変わらぬ人

人間が成長した瞬間を見るのが好きです。他人や自分が今までとったことがない行動をとっていたり、発言があったりするとゾクゾクします。

でも残念ながら変わらない人もいます。今日も明日も明後日も同じ。会社に来て、毎月同じ仕事をして、他の選択肢があるという事を認識すらせずに、機械のように働く。組織の中で忠実に業務をこなす人も大切だと思いますが、私はそれに魅力を見出せません。

「変わらない事」ってある意味、不自然だと思います。

何故、変わらないかというとその人の考え方が変わらないからだと思います。

どちらかというと周りの変化に対応しようという気が無いというか、なるべく変化したくない、今のままでいたいという気持ちが無意識のうちに存在しているからだと思います。

歳をとると勇気を発揮する場面を避ける傾向が出てくると思います。

勇気を出す行動をすると若々しく、毎日充実して過ごせると思います。

歳を重ねれば重ねる程、魅力的になる人間が良いです。