h-man1987’s blog

商社勤務から地元に戻り、夢を叶える人間のブログ。

目標設定の上手な仕方

皆さん「目標」ってお持ちですか。

それって本当に達成したいですか。その目標ってあなたが立てた目標ですか。

僕はこの目標に勝手に苦しんできました。自分で思いつきで立てた目標を達成できなくて自己嫌悪に陥ったり、誰かから言われた目標をやりたくもないのに頑張ったり、目標は重要だとよく言うけど、これまで目標とうまく付き合えた事はありませんでした。

ただ最近になってこの目標設定と達成を有効に使えるようにやっとなってきたんです。試行錯誤の末に編み出した自分のやり方をご参考までに今回ご紹介します。

あくまで僕のやり方ですからね。

 

①長時間集中できる環境に身を置く。

私の場合は年始休暇にホテルを予約します。もちろん一人です。2年前は鹿児島、1年前は福岡、今年は滋賀の目の前に琵琶湖が広がるホテルに行きました。ビジネスホテルではなくて可能な限り高級なホテルに泊まってください。朝食付きがお勧めです。年始にビジネスホテルに一人ぼっちは惨めな気分になります。誰にも邪魔されない環境に移動してください。携帯も電源オフです。早めにチェックインして街を散策…はほどほどに部屋にこもって、パソコンとノートとペンを用意します。要するに集中できる所に行けばOKです。休みの日のスタバとかでもOKかとは思いますが、超集中したければホテルが良いです。

 

②「何の制限も無かったら、自分はどんな人生を送りたいか」を思いっきり妄想する。

10年後くらいをイメージしてください。ただ今の自分の状況は一旦、置いておきましょう。収入が低い、貯金が無い、能力がない、コネが無い、英語が話せない、やり方が分からない、考え出すとキリがありません。そういうのは全く考えない。正直、全く意味がないです。

そしてなるべく具体的に下記の各分野についてイメージしてください。

・健康体力見た目

・人間関係、家族家庭関係

・仕事職業

・経済状態

・能力開発

・趣味

大体人間はこの分野で出来上がっています。

こんなイメージをしたとしましょう。

・健康体力見た目→お腹が出ていなくて自信が持てる体型

・人間関係、家族家庭関係→家族と仲良くて嫁さん候補を見つける

・仕事職業→35歳の時に独立

・経済状態→40歳で年収1,000万円

・能力開発→公認会計士試験合格

・趣味→毎週1回はボートで釣り

こんな事できないんじゃないか…と思う必要は一切ありません。人間に不可能な事はありません。人間は月に行くこともできるわけですから、個人の悩みなんてあくまでもその人ができないと思い込んでる頭の中の話なんです。

ここで大事なのが、「本当に本当に本当にそのイメージを叶えたいと心の底から思っているか」という事を再度自分に問いかけることです。誰かから言われたことじゃないか、誰かから期待されていることじゃないか自分自身がやりたい!というイメージかどうかをもう一度、考えて欲しいんです。

ここまで真剣に考えられたらそれがあなたの夢と言ってもいいかもしれません。

 

②そのイメージを叶える為に具体的に数値に落とし込む。

人間のイメージは曖昧です。そのイメージだけでは叶えにいく事は難しいです。例えば、「お腹が出ていなくて自信が持てる体型」ってどんな状態でしょうか。私の場合は体脂肪15%で体重は74キロ、月1でハーフマラソンを走れる状態がそのイメージです。それはどんな状態なのか自分の中で定義してください。ここには時間がかかると思います。毎日考える時間を作っても良いくらいです。

 

③具体的な状態にするために明日からどんな行動をすればよいのか。

今からその状態にしていく為にはどんな行動が必要でしょうか。私の場合は月1回のハーフマラソンの大会に申し込んでしまい、毎日筋トレ、毎週10キロランニングして74キロの体型を維持しています。(体脂肪率はもう少ししっかり取り組まないと叶えられない事が最近分かりました)この行動こそが目標です。この目標を叶えればお腹が出ていなくて自信が持てる体型」になれるんです。

 

話を簡単にするために今は健康体力見た目だけについて話を進めましたが各項目でこれをやるんです。流れを整理するとこんな感じ。

健康体力見た目→お腹が出ていなくて自信が持てる体型→体重74キロ・体脂肪率15%・月1回ハーフマラソン出場できる→毎週10キロランニング・毎日筋トレ・実際にハーフマラソンに出場

ここまで落とし込む作業をすれば目標設定と言えるんではないでしょうか。

本来、目標設定というのはワクワクしながらやるものだと思うんです。自分自身のことですから。本当にやりたい事を明確にするとひとりでに行動できるようになりますよ。ちょっときれいごとに聞こえるかもしれませんが、僕は本当だと思っています。

 

ちなみにこのやり方で私は去年フルマラソンを人生初完走しました。10月にもフルマラソンが控えているのでトレーニングにこれから励みます。

そして年始に立てた目標の中である資格をとる事を目標に掲げていましたが、あまりの急がしさに忘れていました。残り10日の勉強でその試験に挑みます。できると思うことが大事なんです!ちゃんと計画しとけよって話なんですが、もうやるしかありません!さ、勉強しよ。

感謝ができない人はなぜ感謝ができないのか

よくお坊さんや自己啓発本、成功者の皆様から「感謝しなさい」とよく聞く。

感謝が大事というのは分かっているけど、今まで納得できなかった。

そりゃ育ててくれた両親には感謝しているが、「感謝する」という行為は自分の場合はなかなかできない。正直言って「感謝します」というのは簡単だけど、心の底から湧き上がってくるような感謝は毎日感じるのは難しいと思っていた。

最近、一つ気付いた事がある。

感謝できる人は毎日ベストを尽くして最善の状態にある人ということだ。

毎日ベストを尽くしている人は心も体も経済的にも豊かな状態にある。(これは個人の捉え方が大きい)

ベストを尽くすというのはそんな大した事ではなくて、自分を認めて上げられる事をしているかどうかだ。

例えば朝早く起きたり、今まで遠のいていた勉強を再開したり、好きなあの子を食事に誘ってみたり、人に親切にしてみたり、親にありがとうと言ってみたり(私は直接言えないので現金を渡している)、勇気をもって上司に提案してみたり、実はやりたかった事を思い切ってやってみたり…たまに自分にわくわくしたりする瞬間ってあると思う。

そういう状況だと自然と周りに感謝の気持ちが湧きあがってくる。

感謝するという行為は大事なんだけど、本来それは「する」ものではなく、自然と「できる」ものだと今朝感じた。

そして常にできる状態が望ましい状態なんだと今朝、ふと気付いた。

その秘訣は早起きする事です。また改めて書きます。

始業前に急いで書き留めました。今日も皆さん、頑張っていきましょう!

おかしいと感じることは多分、本当におかしい

毎日スタバに来る。スタバカードを使用しているので多分、スタバの毎日来店客リストに載っている。今日は昨日ふと感じた事を書き留めておく。

 

昨日、物置になっている部屋に入った所、1枚の写真が出てきた。

 

亡くなった祖父が多分、3歳くらいの私を膝の上にのせて、僕を超笑顔で見つめている、という写真。祖父は15年前に亡くなっている。

 

幼少期の記憶は少なく、その写真に写る祖父の僕を見る笑顔は最高に愛に溢れた表情であんな表情は見た事ない。すごく新鮮に見えた。

 

その表情からは「なりたいようになって、自分の生きたい人生を送って欲しい」という気持ちが汲み取れた。(違ってたらごめんね、じいちゃん)

でも自分に孫ができたらそんな気持ちになると思う。イキイキと人生を送って欲しいと思うはずだ。自分の人生が一段落してこれからを生きる子供を見たら、本人の夢を応援すると思う。例えそれが収入が低かったり、社会的なステータスが低くても、「おーおー、頑張れよ」って本人の意思を100%尊重して思うはずだ。多分、親とかだとまた違うんだろうけど。親は親で親心から「良い会社入ってたくさん給料もらえよ」なんて言うんだと思う。それはそれで良い。

 

ここからが今日のテーマ。

 

大人になってからこんな事したいとか、こんなふうになりたいというのは言えない雰囲気になってくる。これは①「大人」がすぐに否定する環境を作っているという事と②自分はこの程度の人間だと思っているからだと思う。

 

①「大人」がすぐに否定する環境を作っている

そういう事を言う大人は自分の夢を見つけられず、見つけていたとしても叶えられなかった人だと思う。そういう事を言う人が悪いというわけではなくて、自分の経験で心の底からそう思っているんだと思う。それを良心から人に対して発しているんだと思う。そういう人の周りで働いたり、長時間一緒に過ごしているとそれにがっつり染まってしまうと思う。ある意味、自然な事だと思う。

 

逆に自分の夢に向かっている「大人」は「それいいじゃないか!こうしたらもっと良いんじゃないか!?頑張れよ!」と応援してくれる。

 

たまに後輩から相談を受けるが、さんざん後輩の話を聞いて勝手に後輩が話しながら自分の思考を整理して、私は「頑張れよ」と言って食事を奢って終わり。この前は私は飲まずに後輩はガンガン飲んで、高額支払い。完全に空気を読めていないが、私も昔先輩にそう奢ってもらったから、その奢ってもらった分を後輩に返しているだけなのでまぁ良い。

 

②自分はこの程度の人間だと思っている

約30年生きてくると自分の中で自分の生存領域が何となく決まってくる。中学校までは全ての成績でほぼ5で、高校の実力テストで数学が校内ビリを取って俺は数学はダメだと私立の大学へ進んだ。

約3万人のエントリーから16名入社の企業に入って俺は最高だ!と思って、ベンチャーに入って叱られた時に俺はダメだと思ったり…そんな事で自分の価値は決まらない。自分の価値は自分で決めれば良いのだが、勝手に低く決めてしまってはもったいないと思う。

 

世の中、おかしい事が実は多いと思うのだが、その世の中に対して身をもって証明していく生き方をしたいと自分は思う。

 

目の前で高校生が私が落ちた早稲田大学の赤本を勉強している。

頑張れよ、青年!君ならできる!

やってる人間とやってない人間の違い

自己啓発本が好きだ。学生の頃から人より読んでいると思うが、最近は買わずにただ読みしている(作者の方、ごめんなさい)。何だか前向きな気分になってできるような気持ちが湧いてくるから。それはそれで良いと思うが、『自己啓発マニア』になってはいけないと思う。

 

私が語るのも大変おこがましいが、自己啓発を何の為にするのかというと成功したいから、その為に目標を達成したいから、に尽きると思う。いろんな本を読んできたが、どの本も目標達成に向かっていると思う。

 

皆さんには目標があるでしょうか。そしてその目標を毎日忘れずにそれに向かって行動しているでしょうか。

 

私は目標設定せずに自己啓発ばっかりして成果が出なかった時期がありました。今もそうならないように気をつけています。

 

『目標を設定して達成するまで行動する』

 

超シンプルなんだけど、それができない。

まず設定する目標は長慎重に熟考して決めたほうが良いと思います。(これは改めて書きます)私は年始休暇に一人で高級ホテルにこもって1年間の目標を考えます。そこで決めた目標に向かってひたすら1年走る!そんな感じです。高級ホテルの方が良いですよ笑

目標に向かって行動している人は目に集中力が感じられます。目力がある。やってない人は目がぼやーっとしています。やっている人は話すだけでこちらが圧倒されるような雰囲気と優しさと厳しさが入り混じったオーラ(?)を感じます。やってない人は吹けば飛ぶような雰囲気。

 

ネガティブになっている人はどこかに余裕がある人です。目標に向かって行動する人はいつまでもネガティブな状態でいることはありません。ネガティブになる暇があるなら行動する。やってる人はそんな感じ。ネガティブになっても何一つ変わりません。思いっきり落ち込むと決めて落ち込むのはありだと思いますが。

 

(自戒をこめて)やる側になりましょう。

まとまりのない文章になってしまった…

地方の問題点は面白みがない所

私の実感だが、都市部と地方都市に住むのとでは地方の方が圧倒的に住みやすい。もちろん都会には都会の良さももちろんある。しかし都会はいろいろなものがあり過ぎて、たまに行くと勉強になることも多いが、異常だと感じる事も多い。お金が知らない間に溶けていくし…笑 そんなに金を使わせたいのか!って感じ。

 

地方はかなり住みやすい。満員電車のストレスもないし、私の町は環境がすごくいい。ランニングには最高だし、アウトドアにも気軽に行ける。山間部ではないので生活に困ることもないし、全然問題なしだ。たまに都会で遊びたいと思えば30分ほど電車に乗れば都会でも遊べる。

 

ただ一つ問題点があるとすれば、「面白み」がない事だ。休みの日は正直言って、近場で遊びに行けるところは皆無だ。勝手な私の主観だが、ほとんどの地方都市はどこも同じような状態だと思う。幹線道路の近くに大きい回転寿司や焼肉店、大きい本屋、スーパー、レンタルDVD店、映画館付きのイオンがあったりして…どこも同じような町並みだと思う。

 

そして意欲のある若者がいない。優秀な人材は都会に流出して私の地域では20歳から30歳くらいの人を見かける事は少ない。この前、東京で電車に乗った時、向かいのシートに全員若い女性が座っている光景を見て、一人で驚いた。私の町ではあり得ない。

 

ただこのような環境で「面白い」事をすると目立つ。自分が企画したイベントは新聞5社に載せてもらえたし、市長の都合が悪くかなわなかったが、副市長にも何故か会うことできた。(副市長というポジションがある事をこのとき知った。知らないおじさんだった。)新聞記者さんもこの町で毎日記事を書かないといけないからネタが無さ過ぎて困っているんじゃないかと思う。そうじゃなかったらすいません。

 

これからの働き方として都市部の会社でパートで働いて一定の収入を得て、それを元手に週の半分は地方で面白いことをするというのもいいと思う。例えば地元出身のやる気あるやつらで20万×5人で100万円でプロジェクトを作って収益分配して解散。みたいな。こけても20万で遊べたと思えればOKな気がする。これからどんどん人口が減ってAIとやらも出てきて、仕事がどんどん減ってくる流れなわけだからオーシャンズイレブンみたいな働き方が主流になってきて、その方が楽しい気がする。実力がある上での話だけど。

 

一仕事終えて全身の力が抜けてしまっているのでレイトショーでも観てぼーっとします。明日はスラックスでも作りに行こうかしら…。

投資のススメ

少し違った切り口のお話。去年の秋からネットで投資をしている。よくあるSBI証券とか楽天証券とかそんなんだ。投資は面白い。今日は投資の魅力を簡単に。

①新聞読むより勉強になる

自分は経済学部卒業だが、インターン漬けだったので経済の授業を受けていない。受けてはいたが、講義ノートというカンペみたいなので単位をとっていた為、全く経済を勉強しなかった。ただミクロ・マクロ経済、そんなのは聞いたことがあるレベル。投資をすると経済というものがよくわかる。面白いのが授業で聞いたように世の中が実際に動いていると言う事。授業で聞いていた「本当かよ」と思っていた事が実は本当だったのだ。先進国・新興国・国内経済の国債・不動産・株式が生き物ように動くのを見ているだけで面白い。その動きを読みながら金を動かすのは楽しい。今はフィリピンとインドネシア、メキシコの株式を買っている。経済は人口と深く関わっているので働き盛りの人口が多い国は経済が概ね発展する。そう考えると日本はこれからやばい。いろいろと学ぶ材料を与えてくれる投資は勉強になる。

 

②本当に金が殖える

投資をやったことがない人にとって投資とは怪しいイメージしか持てないと思う。自分もそうだった。投資の話って日本人はあまりしないのかもしれない。ただやってみるとやり方にもよるだろうが、金は殖える。銀行口座の利率なんてゼロに等しいが、新興国株は長期だと10%はいく。複利で再投資すれば勝手に殖えていく。お金が殖えるという感覚はやったことがない人にとっては不思議だろうが、自分も今は不思議に感じる(笑)消費側ではなく、投資側に経たないと金持ちにはなれないことに気付けたのは大きかった。

 

③時機が読めるようになる

株式の短期取引はギャンブルに近いが、長期での投資は時機を外さなければ儲けられる。ただ時機を外すと全く儲けられない。物事にはタイミングがあってそれにうまく乗る事も大事なんだと感じることができます。

 

スタバの閉店時間が来てしまったのでこのへんで。。。

引退の日にどう思うか。

今日は貴重な瞬間に立ち会えた。一緒に働かれている人が64歳の仕事人生の幕を閉じる最後の一日だった。その方とは1ヶ月程しか一緒に働くことはできなかった。1ヶ月前に中途入社されたのだが、奥様の体調が良くなく、自宅で付き添いが必要な為、急遽会社を辞めざる終えなくなったのだ。

複数の会社で働かれてきたのだろうが、その方にとって約40年の仕事人生が終わる最後の1日だったわけだ。

引継ぎも終わってくると仕事もなくなってくるので手持ち無沙汰なご様子だった。64歳の方からすれば29歳の私なんて若造の何者でもない。口は悪いが、部下を育てようとしてくださる愛のある方だった。時間のない中でいろんなアドバイスを頂いた。自分の仕事人生で学んできたことを後進に伝えたい、そんな気持ちを感じた。

1ヶ月という短い期間だったので簡単な挨拶で周りの社員とは別れをしていた。

私は建物の外までお見送りをした。「どこの部署でもどんな会社でも頑張れよ。お前がこの会社を引っ張って行くんだぞ。」と言われて去って行かれた。哀愁とちょっとの寂しさが背中から感じられた。今日はそんな経験をしました。

 

男にとって仕事は人生の大部分を占める。女性の特権は出産・子育てで、男の特権は仕事にがっつり打ち込める事といっても間違ってはいないと思う。全然話は変わるが、戦国時代だったら戦をして領土を広げるのが当時のイカした男の生き様だったのかもしれない。現代は資本主義なのでどんな形であれ、男は仕事をする。仕事が面白みを感じれない状態だったとしたらある意味、不幸だと思う。男の人生は睡眠・仕事・遊びで出来ていると私は思っている。(今は独身ですので)

 

いつの日か必ず働けなくなる日が来る。その最後の日に自分の仕事人生これで良かったなと思えれば、その人は幸せだったと思う。もっとチャレンジしておけば良かったな…なんて思いたくない。

 

話はそれるが、前の会社を退職する時の事を思い出した。退職を上司に伝えたところ、有難い事に慰留された。収入も高くて周りも尊敬できる人ばかり、良い環境だった。でもその時に感じたのは俺が引退する時にはその上司はいなくて、もっとチャレンジしておけば良かったなと思ったとしてもその時の上司が責任をとってくれるわけではない。自分の人生は自分に100%責任がある。

 

自分が働く最後の日を鮮明にイメージしてみた。30名くらいの社員に囲まれて花束を受け取る自分。自分が育てた人材がこれからの会社を背負って行く。余生は資本主義とは無縁の事に本気で打ち込む。そんな感じ(笑)妄想が激しいとよく言われる。

ここだけの話、他人が作った会社を勤め上げたとしても達成感を感じる事は自分にはないと思う。自分が生きてきた道のりがはっきりと分かるものを残したい。

「鶏口牛後」

自分の願望を再確認できた日でした。